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第八話 事件(4) 警官

なかなか書き難い話題なのですが、やはり酷い目に遭う方がすこしでも少なくなりますように、ということで

(1) 時期:1994年5月

(2) 場所:ジャカルタ市内の大通

(3) 被害者:日本からの出張者です(~_~;)。一名。

(4) 概要:夜の10時頃 夕食を終えて、私と出張者がタクシーでジャカルタ市内を走行中、警察の検問に引っ掛かり、タクシーは停車させられ、私と出張者は取り調べの為、身分証明書(パスポート)の提示を求められました。

私は、パスポート、KIM/S(移民局発行のIDカード)、警察から発行された手帳(黄色い手帳)、労働許可書(茶色の手帳)、移民局発行の手帳(紺色の手帳)を提示し、特に問題なかったのですが、出張者がパスポートをホテルに残しており、検問時 持参していませんでした。

検問を行っていた警官は、出張者が飲酒後であり、酒の匂いがしていたことから、最初のうちは「飲酒は良くない。」等の発言を繰り返していましたが、出張者がパスポート不携帯であることが判ると、「警察までの同行」を要求してきました。

もう夜中であり、出張者を警察まで行かせるわけにはいかないので、何とかならないか、話すとお金を要求してきました。

取り調べの警官は「現金(ドル)」を要求し、私や出張者がドルを所持していないことを言うと、「五十万ルピア(当時のレートで約2万5千円)」を再度要求し、私が所持金のほぼ全額(二十万ルピア)を渡し、検問の場を逃れホテルへ戻ったものです。

当時は、軍隊の高官が市内で殺害された直後で、警察による「Cleansing Operation(市内の浮浪者・挙動不審者等の取り締まり:日中ではなく、夜に集中して行われていた模様)」が実施されていていました。更に不許可のアルコール類販売に対しても取り締まりが行われていたようです。

なお、私が所持している書類が異常に多いように思われるかもしれませんが、滞在ビザを取得して、現地で働いていると、いろんな書類・カードを渡されます。

(5) 予防策:パスポートの不携帯が致命傷でしたね。なお、コピーの提示で許してもらえたかどうかは不明。なお、私だけだったら、そのまま警察へ行ったと思います。

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