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DOS/V黎明期のジャカルタPC生活(2)

ジャカルタへ赴任決まる(^_^;)

 1991年X月*日

 会社で上司に呼ばれ「ジャカルタへ赴任することが決定(家族帯同)」と言

い渡される。ある程度予想はしていたので、驚くこともなく、「これで本社

から外にでることが出来る!」と足取りも軽く帰宅した。

 しかし、カミさんに「ジャカルタ行きだよ~(^_^)v」と告げると、一晩中

泣かれてしまった(~_~;)。「赴任することになりそう」とは予め何度も伝え

ておいたのだけど、本決まりになるとやはりショックは隠せないか...(*1)



◇準備の為出張

 正式に赴任する1ヶ月ほど前に準備の為出張。

 この出張期間に現地の事務所の整備、住居の決定等々をやる予定。

 そして当時愛用していた DynaBook (*2) を手荷物で持ち込む。



 パソコンや家電品の持ち込みは「空港の税関で危ない」と経験者からは脅

かされたが、「It's for my own use.」であっさり通してもらえた。(空港

の税関を抜けて外に出ると、西日が強烈に照り付けていた当時のスカルノ・

ハッタ空港が懐かしい。)



 出張中、提携先・協力先の会社事務所をいくつか訪れたが、AT互換機の

普及ぶりに驚かされる。386CPUを搭載した互換機を使っているところは ま

だなかったけど、クロック数の速い286CPUを積んだ互換機が5~10人に1

台くらいの割合で事務所に置いてあり、役員秘書などは必ず専用の互換機を

1人・1台あてがわれていた。(当時、日本の出身部署は100人以上いる

にもかかわらず、パソコンは2台しか置いてなかった...)


*1:住めば都で、ジャカルタから日本へ帰る時にも泣いていた(^_^;)

*2:初代のDynaBook。モデル名はSS001。搭載CPUは8086。重量は3kg弱。

  640×400の2階調液晶スクリーン
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