書籍紹介
インドネシアの高等学校で使われている歴史教科書の一部を翻訳し、内容を紹介いたします。
- 書名：Sejaraha NASIONAL DAN UMUM (Kelas 3)
出版：Bumi Aksara 社
2006年6月、メダンのGramedia(大手書店チェーン)で購入したもの。記述の対象となる時期は、1942年の日本軍による占領時代開始から現在まで。高校3年生向け。同時に、1年生向けの教科書（古代）と2年生向けの教科書（15世紀頃のイスラム伝来からオランダの植民地支配まで）も同社の教科書を購入。
- 表紙の記述を良く見ると、SMA IPAとあります。SMAはSekolah Menengah Atas(高等学校)のことですけど、IPAの意味はIlmu
Pengetahuan Alam（自然科学：生物や物理といった学科）。次のレポートによれば、高等学校3年理系でも「歴史」の授業があるので、そこで使われるのでしょう。
JICAインドネシア初中等理数科教育拡充プロジェクト
（pdfファイル：群馬大学教育学部作成のレポート。ただし掲載urlは筑波大学サイト内）：このレポートの53ページに高等学校3年理系の時間割が掲載されています。 - 表紙に"KURIKULUM 2004"とあります。これは2004年カリキュラム（指導要領）に基づくという意味。
- インドネシアの歴史教科は、日本のように自国史と世界史に分かれているのか不明。上の教科書は自国史を中心に世界史的な記述も若干追加しているような感じである。
- 上の教科書以外にも歴史教科書は１～２種類店頭に置いてあった。インドネシアの教科書がどのようにして内容を決定され製作されているのかは、詳細不明。
昨年(2007年)の記事で「国が特定の歴史教科書を発禁にした」というのがありました。
・Blunder Kejaksaan Agung dan Departemen Pendidikan Nasional (Tempo)
・Academics, activists join forces to defy ban (The Jakarta Post)
発禁の理由は『1965年に起きた“9/30事件”(*2)の説明に単語“PKI”(Partai Komunis Indonesia：インドネシア共産党)を併記していない』というもの。
当たり前のことかもしれませんが、教科書の内容について何らかの基準はあるみたいです。 - この教科書の各章表題（全体の内容）
- 第一章 日本占領時代におけるインドネシアの社会生活
- 第二章 インドネシア－オランダの紛争 1945-1949
- 第三章 自由民主主義と指導される民主主義(*1)時代における政治・経済生活
- 第四章 1965年 ９／３０事件(*2)と政治権力の交代
- 第五章 オルデ・バル(*3)時代に発生したインドネシアの様々な変化
- 第六章 レフォルマシ(*4)の発生過程とオルデ・バル体制の崩壊
- 第七章 冷戦の発生と進展
- 第八章 20世紀の科学技術の発展過程、そして第二次世界大戦後の世界が経験した変化とそれとの関係
[注]
*1:「Demokrasi Terpimpin」。スカルノによって指導された「民主主義」のこと。
*2:「Peristiwa Gerakan 30 September 1965」。1965年9月30日に発生した共産党親派軍人によるクーデター未遂事件。このクーデター鎮圧に功のあったスハルト将軍が、その後徐々に権力の座へ近づいていった。
*3:「Orde Baru」。スハルト体制の別名。「新秩序」の意味。スカルノ時代と区別するために使われた用語。スカルノ時代はこの「Orde Baru」に対比され「Orde Lama」（旧秩序の意）と呼ばれた。
*4:「Reformasi」。スハルト体制の否定と改革を主張する運動の標語。
今回翻訳したのは第一章 日本占領時代におけるインドネシアの社会生活。つまり1942年に始まる日本軍侵攻とその占領下の時代です。日本軍の侵攻状況やその占領政策をかなり詳しく記述しており、少々驚かされます。また、日本軍による占領政策が、後のインドネシア独立に与えたインパクトを認めつつも、「日本による占領時代は、インドネシア史上最悪の時代であった」と批判。同国の独立に寄与した日本人として有名な海軍提督前田精(マエダ タダシ)少将についての記述も全くありません。
前田少将については、以前The Jakarta Postの記事で「インドネシアの独立に理解を示し、それは歴史教科書でも記されてる」と紹介されていたのに、まったく意外な内容です。（この教科書の次に読んだ中学校用社会科教科書やスハルト体制末期の高校2年生向け歴史教科書には前田提督についての記述がありました。）
前田少将については、次のページが参考になると思いますので是非ご覧ください。
それから、第二章以降で「日本」についての記述・言及はほとんど全くありません。主語として文中に登場するのは、わずかに第二章のみ。それも「降伏後、連合国軍の手先として秩序維持に努める勢力」であるというだけです。インドネシア・日本双方に多くの犠牲者を出したスマラン事件などについて詳しく記述しています。
あと、全体をざっと見て（斜め読みして）驚いたのは、1955年バンドゥン会議（アジア・アフリカ会議）についての記述が全くないこと。これは理解できません。なんとしても別の教科書を読む必要がありそうです。
なお、翻訳にあたっては、TRTEXTを使っています。TRTEXTについて興味のある方は、是非「TRTEXTでインドネシア語を読む」もご覧ください。
教科書原文とその利用について
日本軍侵攻とその占領下を記述した部分は、この教科書の１～２５ページに当たります。その部分をスキャンし、PDFファイル化したものを掲載しておきます。インドネシア語を読むことができる方は、是非原文をご覧ください。
- Sejarah Nasional dan Umum p.1-25, Bumi Aksara社刊（Adobe Acrobat 形式。15.3MB）
教科書原文の利用・翻訳ならびにこのサイトへの転載については、Bumi Aksara社の了解を得ています。
筆者からの問合せに対し丁寧に対応いただいた同社に感謝いたします。
日本語訳
日本語訳を掲載します。
参考情報
中学校2年生向け社会科教科書及び小学校6年生向け歴史教科書も是非ご覧ください。
スハルト体制末期（1998年）に刊行された高等学校用歴史教科書の翻訳も掲載しています。
日本軍占領期のインドネシアについては、次のサイトも合わせて読まれることをお勧めします。
インドネシア大使館のWebに掲載されているインドネシア史のページを読んでみました。日本占領期についての記述を紹介します。